昨年1月、BC州バンクーバー市のグランビル・アイランドに、カナダでは初めての日本酒醸造会社「アーティザン・サケメーカー」が設立された。その後1年を待たずして、商品の一つである純米吟醸生原酒が、バンクーバーマガジン2008年の「トップ100ワイン」のリッチホワイト部門で入賞。またつい最近、テラス電話会社のイエローページ・リストではエンバイロメンタル部門に取り入れられるなど、順調なスタートを切っている。オーナーの白木正孝氏がカナダでの日本酒製造などについて語ってくれた。<取材・妹尾 翠>

 

大学時代、UBCに留学

大学時代にブリティッシュコロンビア大学(UBC)に1年間留学していた時から、カナダを気に入っていました。でも大きな希望を持って入学した日本での大学生活は学生運動の真っただ中で、失望感も大きく、視野の狭くなる感じを受けたので、大きなスペースを見たかったということもあります。

在学中に再びBC州を訪れ、その時にカナダへの移住を決心しました。1974年にカナダの銀行に就職し、モントリオールで生活をスタートしました。
 

酒類輸入販売業を経て

その後、BC州に移り、航空会社で輸出貨物の商品開発やBC州政府経済省の輸出振興部門で日本との貿易及び投資関係の仕事などに携わっていました。

したがって日本の状況もよく把握できていたのですが、1994年に日本政府がビール業界の規制緩和を打ち上げ、小規模ビール醸造産業「地ビール」が誕生しました。

当時、日本酒の消費が下がり始めていたので、清酒メーカー、特に地方の蔵元がこぞって海外のビール醸造設備と原料そして技術を輸入すべくミッションを組んで出かけて行きました。この時、ドイツ、チェコ、イギリス、アメリカが主な目的国で、カナダはよく知られていませんでした。

しかし、積極的な誘致運動によってBC州にも何組かのグループが訪れました。カナダのモルト、ホップ及び製造設備をパッケージにして売り込んだのです。

日本では約300件の地ビール醸造免許が発行されましたが、そのうちカナダ関係は10%を占めるに至りました。また、日本の酒蔵メーカーは当時から日本酒の輸出をしたいという希望を持っていたので、いずれはカナダにも純米酒や吟醸酒など上質酒が普及するだろうと思っていました。

2000年に現政権を担うBC州政府が海外の事務所をすべて廃止するという発表をし、私が所属していたジャパン・ブランチもなくなるということで、翌年早期退職をしました。 その時に頭をよぎったのが、日本酒のことです。私は酒類輸入ライセンスを取得して、本格的に輸入販売業を始めることになりました。このビジネスは今でも続いています。

数年後に、カナダでも清酒を造れるのではないかという考えが出てきました。そこで付き合いがある日本の蔵元で酒造りの勉強をさせてもらい、3年後の2006年6月に今の場所を確保し、機器の設置や試運転を始めたのです。

その年の10月末より第一回目の本格的な仕込みに入り、12月末にはボトリングもしたのですが、販売ライセンスの給付が間に合わなかったので、それを待って翌07年1月15日に正式にオープンしました。