英子さんはいろいろな人々からの支援があって今日までやってくることができた、と感謝の念を忘れていない。その気持ちを一つの形にしたのが「豊澤英子国際交流奨励基金」だ。この基金は2002年、印税や原稿料のたくわえ30万円と退職金を加えたもので大分大学の看護学科同窓会内に設置された。後輩の学生、大学院生たちの励みになることであろう。

 
「2004年トロント紅白歌合戦が復活した際、日加タイムスの新人歌手募集広告を見て応募しました。移住して以来、日系人に会うことがほとんどなかったし、友人も知人もいなかったからです。これがきっかけになり、日系文化会館小林ホールで開かれるいろいろな歌謡ショーに出演するようになりました」

歌謡曲から、ダンスの振り付きラテンミュージックといった英子さんにとっては新分野の曲目を披露して観客を喜ばせている。
この4月19日、日系文化会館の「春祭り」では美空ひばりのヒット曲「津軽のふるさと」を初の試みとしてピアノ弾き語りで演じるのだそうだ。目下、猛練習中とか。

去年10月には故郷大分の「地域選抜歌謡フェスタ」にプロ歌手と共に出演するなど、日本での歌手活動も始まった。今年も主催者から出演依頼が届いているそうだ。

「日本舞踊は花柳流で、6歳から始めました。カナダに来て日系社会とかかわるようになり、一念発起して大分の師匠に再入門し、仕事で帰国する期間を利用して集中レッスンを受けているところです。06年6月に『花柳さわ英華』の名取名を取得しました」
トロントでは日系人のみならずエスニック系の人々にも日本の美しい歌や舞踊を伝えていくのに一役買いたいと願う英子さん。現に、依頼があればどこへでも出かけて行き、歌い、踊っている。

「さまざまな活動ができるのは何といっても一番の理解者である夫ジョンの存在です。私の持つ可能性を信じて、『やってみたら!』といとも簡単に言ってくれる頼もしい人です。私たちはミシサウガに住んでいますが、どこへ行くにも運転手を引き受けてくれる彼に感謝・感謝です」

英子さんは05年からトロント新移住者協会(NJCA)の理事として活動に参加、NJCA30周年記念誌や機関紙発行の際の校正など、主に自宅でできる作業を引き受けている。

「新移住者協会の理事会の和気あいあいと協力し合う雰囲気や集う人たちの人柄にひかれて、というのも活動を続ける理由ですね」

医学、看護の研究や仕事に真摯(しんし)に打ち込みながら、コミュニティーのためにも協力を惜しまない英子さん。尊敬する人は誰ですか?の質問にこのような答えが返ってきた。

「それは両親です。今は亡き父は私の教育観、世界観、人間観の形成にもっとも影響を与えた人です。現在89歳の母は村一番の歌い手でした。三味線のプロだった祖母の血を引き継いだのでしょうね。母はウイットに富んだじつに明るい女性です」