1970年代初め、日本とカナダで活躍したユニークなロックバンド「フラワー・トラベリン・バンド(FLOWER TRAVELLIN' BAND)」が今年、35年ぶりにCDをリリース。さらに9月から10月にかけて日本全国ツアーライブを行い、熱狂的なファンとの交流が実現した。最終日の日比谷野外音楽堂(東京)では3000人の入場者を前に35年間の空白を吹き消すような熱演が繰り広げられた。

メンバーのひとり、トロント在住の小林ジュンさんにライブからもどったばかりのところ、バンドについて、ライブについてお話をうかがった。
(レポート:いろもとのりこ 文中敬称略)

──まず、フラワー・トラベリン・バンドが生まれた背景やバンドについてうかがいたいのですが。

1970年前後は日本のロック創世期で、コンサート会場では大人気でした。しかし、ほとんどのバンドや歌手は欧米バンドのコピーでした。

そこでオリジナル性を強調したバンドを目指し、日本のロック界の草分け的存在、内田裕也のプロデュースで70年に結成したのがフラワー・トラベリンなのです。結成当時はボーカルのジョー山中、リードギターの石間秀機、ドラムの和田ジョージ、それにベースギターの私の4人でした。のちにキーボードの篠原信彦が入り、5人になりました。

最初のアルバム「Anywhere」に続いて70年にセカンドアルバム「SATORI」をレコーディングしました。これが北米で大受けに受けまして活動の拠点をトロントに移したのです。

欧米のバンドにはない、どこか東洋的オリジナルロックが心に響いたんでしょうね。歌詞をすべて英語にし、ジョーの高音の歌声、高い音楽性も評判になりました。

──カナダとの接点は?

結成した年に大阪万博が開催されまして、そこのライブステージで競演したのがカナダの「ライトハウス」というロックバンドだったのです。彼らから「カナダで演奏活動をやってみないか」と誘われ、トロントにやって来たのが縁ですね。約2年間、トロントを拠点にカナダ各地でライブをやっていました。

だから、フラワー・トラベリンの名前は、日本よりむしろカナダで知れ渡っているくらいです。

──解散したのは?

73年にバンドは解散しました。そのころはロック時代からフォークにブームが移っていました。それぞれ個人的な事情もあり、73年、京都の円山公園でのコンサートを最後に解散しました。

私は音楽とはきっぱり縁を切ってカナダに移住しましたが、他の4人はずっとそれぞれ音楽活動を続けていました。ジョー山中は映画「人間の証明」の主題歌を歌っています。

──解散から35年間もたって、なぜ今,再結成なのでしょう?

今までに何度か新しいCDを出さないか、とかライブの話がありましたが、実現しませんでした。今回、「TEAM LIMITED」(東京・渋谷区)というショーなどをプロデュースする会社から再結成の話がありまして、ここのマネージャー、倉若貞行さんが陣頭指揮を取ってくれて実現したのです。

まず、昨年11月、鎌倉のジョーの家に全員集まって再結成の意思決定をし、今年1月に六本木のクラブを借りて記者発表をしました。

7月には毎年ここ10年以上行われている新潟県苗場スキー場での「フジロック・フェスティバル」に出場し、本格的にアピールしました。

また、新しいCD「We Are Here」を6月にトロントでレコーディング、9月17日に日本でポニーキャニオンから発売されました。曲は主に石間と篠原が作り、詞は韓国人女性ミュージシャンのスージー・キムがつけています。

なぜ今かって? メンバー全員が還暦(60歳)を過ぎました。いわゆる団塊の世代です。この年になってこのような天からの贈り物が与えられたわけだから、もう一度やってみようかという全員の気持ちがひとつになりました。それに今の日本のロックミュージックって元気ないじゃないですか。もしこの機会に昔のロックの音がどれだけパワーのあるものか見せられたら楽しいという気持ちもありました。私たちの活動が団塊層に少しでも活力を与えられることができれば、と思ったのもきっかけのひとつですね。

それに加えて、若い世代にもぜひ聴いて欲しいと思いました。現に昔を全く知らない若い人たちのファンも増えています。

最近はリバイバルや再結成が流行っていますが、ほとんどが昔のリメークが多いですね。その点、今回リリースしたCDは全部新曲です。しかもリードギターの石間がギターとインドのシタールを合体させた世界にひとつしかない「シターラ」というオリジナル楽器を作って曲に取り入れています。

もちろん、35年前とは曲の雰囲気や演奏スタイルは多少異なっています。それは当然でしょう。昔より、もっと幅広い層に受けると思いますよ。

──さて、今回35年ぶりに本格的ライブで各地をツアーされたわけですが、その感想は?

9月20日、横浜ベイホールを皮切りに札幌、静岡、名古屋、京都、大阪、東京・日比谷野外音楽堂の7カ所で行いました。私だけずっと音楽からも住むところも離れていたのですが、いったん演奏に入るとずっと昨日まで一緒に演奏していたような気分になれるのですから、昔の仲間って不思議ですね。

やはりライブはいいですよ。お客さんと一体感というか、生のやりとりができるのがうれしいですね。演奏も気分でじゃんじゃんアドリブを入れたり、CDと全然違ったりして…。そこがライブの面白さです。皆、自分の年齢のことなんか忘れて飛んだりはねたりパワフルでしたよ。

──カナダでライブの予定は?

ボクらにとってカナダは結成当初から縁が深いところなので、ぜひ実現したいと思います。計画しているのは内田裕也が毎年大みそかにフジテレビから中継している「ニューイヤーロックフェスティバル」にフラワーが再始動したこともあり、トロントも加えようということでライブハウスを探しています。去年までは日本、韓国、上海、ロサンゼルスの4カ国でやっていましたが、今年はこれにトロントが加わるかもしれません。

ライブハウスが決まったら皆さん見に来てください。

すでにニューヨークでは11月22日&23日に KNITTING FACTORY でのライブが決定しています。

CDの方もカナダのレコード店で扱えるようレーベルを交渉中です。さらにインターネット配信も近々始まります。昔のアルバム「SATORI」や「MAKE UP」はすでに配信されています。

──ところで、小林さんはビジネスマンとしての顔もあるわけですが、この先選ぶとしたらどちらの道を選びますか?

できればミュージシャンとしてやっていければうれしいですが…。今のビジネスの仕事と音楽の世界はあまりにもかけ離れていて、両立させるのは頭の中も肉体的にもかなり厳しいです。この年になると、やりたいことをやっていければ最高ですよ。

ぜひ、そうなれるよう、エールを送りたいですね。お疲れのところ、ありがとうございました。

*フラワー・トラベリンのHPwww.flowertravellingband.comからYouTubeで新曲「We Are Here」のPVが見られます。

*ニューCDはJタウン内、ジャパン・ビューティー・イメージ(ふさえ)で取り扱っています。

TEL:(905)943・9248
小林ジュン・プロフィル

1947年(昭和22年)京都生まれ。高校時代に友人たちと結成したロックバンド「タックスマン」のリードギター奏者として活動中、1970年、内田裕也に見いだされて「フラワー・トラベリン・バンド」のベースギター奏者となる。

19 年に解散したあと、カナダで演奏活動中に知り合ったアルドナさんと結婚するためトロントへ。革製品の細工造りなどをへて日本のファンシーグッズ輸入会社「Big Find」を設立。当時めずらしがられて成功を収める。その後、米サンフランシスコに本社があるオリジナル時計やカジュアルバッグを扱う「TOKYO bay」のパートナーオーナーとしてデザインを担当、現在に至る。

家庭では2男3女の5人の父親でもある。長男のベン小林はカナディアンアイドルで優勝した歌手、ケーラン・ポーターのバックバンドのキーボード奏者として活躍している。今回のニューCDのレコーディングチームのひとりとしてサポートしてくれた。次男はクラシックピアノを、三女はジャズのボーカルを勉強中という音楽一家でもある。