室町時代(14世紀)に元祖を持つ「池坊」は、京都・六角堂頂法寺の住職が歴代の家元を継いでいる。 華道家元四十五世、池坊専永氏は父親である四十四世専威氏が1945年他界したため、11歳という若さで家元を継いだ。住職としての修行も積み、家元であるとともに六角堂頂法寺の貫主でもある。

行動家としても知られ、海外でのいけばなの普及に多大な力を尽くしている。ことにカナダには池坊華道会の節目行事に必ず出席するという熱の入れよう。今回で9回目のトロント訪問である。

5月9日から11日にかけて開かれた池坊華道会トロント支部(角口静子支部長)主催「創立45周年・日加修好80周年祝賀いけ花展」の記念行事に出席、いけばな指導をされた専永氏に「いけばなの心」などについてお話をうかがった。
──これまで世界何カ国くらいの国で指導をされたのでしょうか?
また、海外でいけばなの指導をされる意義はどんなところにあるのでしょう?


専永氏 約100カ国以上は行っているでしょうね。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北・中・南アメリカ、オーストラリアなど全世界にわたっています。
私は、世界を回っていけばなを通じて「人と人との出会い、出会えたこと」が一番大切だと思っています。もし私がなにもなくて一人で世界を回ってもこんなに多くの人とは出会えなかったでしょう。花を通して、共通の趣味の方々たちと交流できることは何よりの喜びです。
そしてもし、歳をとられて「なにも趣味がない」という方がおられたら、いけばなを学び教えることで人との輪ができることを請け合います。歳をとればとるほど人とのつながりが重要です。「閉じこもりのお年寄り」というのは寂しいですよ。
それともうひとつ大切なのは「時」ですね。私が初めて海外に出張したのは、1962年です。当時はまだ、日本の「いけばな」ということばはほとんど知られていませんでした。もし、これが10年早かったら、受け入れられていたでしょうか。また、10年遅かったらどうでしょう。いつの時代でも「出会いの時」が大切だと思います。

──海外で日本のいけばなを指導される難しさ、またいけばなに対する考え方にちがいを感じられることは?

専永氏 それは大いにありますね。植物にしても昔からある純日本の植物と外来の植物ではだいぶ違います。たとえば外来種である胡蝶蘭(こちょうらん)は、葉がなくて花だけでも美しいと思わせるように改良されました。しかし、日本の白玉椿(しらたまつばき)は葉と花の調和が美しいのです。

また、いけばなは見えるものだけを見るのではなく、背後にある見えないものを感じとる心が大切なのです。たとえば、一枚の葉を見てもそれについて思い出すことがあったり、その植物の生命を思いやったり…。それがいけばなを学んでいくうちに自然に身につくんですね。
「品」というのは、見かけではなく、心を表すものです。心にうったえるいけばなは品を感じさせてくれるものです。

最近は日本人も生活様式の変化でしょうか、ずいぶん立ち居振る舞いが変わりました。電車の中の公衆の面前で若い女性が平気で大きな鏡を出してメーキャップをしています。あの様子を見て「品がいい」と感じる人はいるでしょうか? とても他人に対する心遣いをしているとは思えません。

いけばなは「人への思いやり」の心を養うことも大切にしています。

──家元は1977年に「生花新風体」、1999年に「立花新風体」を発表され、池坊華道会に新風を吹き入れましたが、今後も新しいいけ方を発表されるお考えは?

専永氏 「生花新風体」はそれまでの七、五、三の比でいけていた「生花」に強いものと弱いもの、背の高いものと低いもの、幅の広いものと狭いものなど対象的なものをひとつに調和させたいけ方です。

「立花新風体」は、21世紀の日本の住空間や人々の感性にふさわしい立花(花をいけること)の様式として誕生させたものです。

池坊では、1)学ぶ楽しさ、2)教える楽しさ、3)伝える楽しさ――をモットーにしています。いけばなは作品を絵や彫刻のように売ることはできません。次の時代に伝えることが必要なのです。これはいけばなだけでなく、どんなことでも人間にとって必要です。

いけばなは基本的には伝統を守りながら、その時代に合ったいけばなというのも大事です。池坊では主に青年部(代表・池坊美佳=専永氏次女)で「もったいないプロジェクト」として、いけばなで残った小枝や割りばし、捨てられたペットボトルなどを使った創作いけばなをやっています。おそらく、次期家元の長女、由紀の時代にまた新しいいけかたを発表するかもしれませんね。

いずれにしても続くものはいいものだけです。悪いものは淘汰(とうた)されます。

──いけばなの真髄とは?

専永氏 楽しんで興味をもつ文化のひとつです。人間のみができる創造する喜びです。

人と動物のちがいは、人はものを作ることができますが、動物は本能と作られたものに触れることしかできません。

人は頭の文化(科学、化学、物理など)と心の文化(音楽、絵、いけばななど芸術的なもの)を持つことができます。心の文化は、「真・善・美」につながります。

──カナダに住むいけばな愛好家たちにメッセージを。

専永氏 最近は植物が改良されて本来の美しさが失くなってしまうものもあります。温室の植物は温度、水、湿度は与えられますが、風に当たらない。したがって風に向かって生きていく姿を見ることができません。木はその場所に植わっていたらどうすることもできない。そこに自然のすごさがあります。私は皆さんに「自然」をよく見なさいと申し上げたい。自然には人間の力を引き出す力があります。

カナダには豊かな自然の美しさがあります。その点、カナダに住む方々は恵まれています。私もダイナミックなナイアガラの滝をバックに花をいけてみたいですね。

──お忙しいところ、ありがとうございました。