リトアニア共和国はバルト海に面する「バルト三国」のひとつ。国土面積は日本の約6分の1、人口約330万人という小さな国だ。

多くの日本人がリトアニアと聞いて思い浮かべるのは「杉原千畝(すぎはら・ちうね)」の存在だろう。彼がこの国の旧首都、カウナスで日本国の外交官として6000人のユダヤ人を救う「命のビザ」を発給したのは、第二次世界大戦中、ナチスドイツとソビエト連邦の駆け引きの波間にもまれてのことだった。

ヨーロッパと大国ロシア(ソ連)の狭間にあって、リトアニアは数々の戦争に巻き込まれた。13世紀に成立したリトアニア大公国は東ヨーロッパの大国として君臨していたが、1795年にロシア領の一部となって以来、1991年の独立回復まで実に200年近くを他国の支配下で過ごしてきたのだ。

長い間、独立を熱望していたリトアニアは、ソ連ペレストロイカに勢いづいて1991年に独立を回復。リトアニア共和国を含むバルト三国の独立はソ連崩壊に弾みをつける象徴的な出来事として歴史に刻まれることになったのだ。

こうした歴史は当然、芸術文化にも大きな影響を与えてきた。決して大きな国ではないリトアニアだが、文学、音楽などの分野で重要な人物を多く輩出していることが、文化レベルの高さを物語っているだろう。

舞台芸術に関しては、リトアニア人特有の文化にあわせ、音楽やクラシックバレエ界の重要な存在であるロシアの影響を強く受けて発展してきた。

首都ビリニュスにある「リトアニア国立オペラ・バレエ劇場」はその中心的存在。同劇場のオペラ、バレエは多くの国民に親しまれ、観光客が必ず立ち寄る場所のひとつにもなっている。

さて、日本からもカナダからも遠く離れたリトアニアに旅行して、同地の文化の中心ともいえるバレエ団の公演を見に行ったとしよう。 見事な衣装に身を包んだ主役が登場するが、あれ? その顔はどうみてもアジア人。よく見るとプログラムには日本人らしい名前が書いてある…となると、誰でも少し驚くのではないだろうか? 

リトアニアでプリンシパルダンサーとして活躍する浜中未紀さんを見た訪問者はまず、「日本人が出てきてびっくり」という感想を抱くようだ。

その浜中さんが先日、「スターズ・オブ・ザ・21センチュリー」ガラ公演に招待され、トロントを訪問した。リトアニア国立オペラ・バレエ劇場の名を背負い、美しい踊りを披露したことは、彼女がリトアニアを代表する芸術家として認められている証拠だろう。

「スターズ・オブ・ザ・21センチュリー」はその名のとおり、世界中で活躍する若きスターダンサーが参加するバレエ公演。トロントで生まれ、パリ、ニューヨーク、カンヌを巡回公演している。

今年のトロント公演には7組のダンサーが参加。トロントに拠点を置くナショナルバレエ団はもちろん、イスラエル、スペイン、ニューヨーク、ロシアなどから各国のバレエ団を代表するダンサーが出演、浜中さんは公演の一番最後に登場した。

実は公演の一番の目玉は、浜中さんのパートナー、ダニール・シムキンさん(Daniil Simkin=ウィーン国立歌劇場バレエ団)だった。今年で21歳のダニールさんは、世界で最も注目されている若手ダンサー。数々のコンクールで優勝するなどの実力はもちろん、まだ少年のような可愛らしい姿にファンも多い(今年の夏には待望の日本公演も予定されている)。

彼のバレエをトロントで見る機会は非常にまれなことで、会場を埋めたバレエファンはダニールさんの登場を固唾(かたず)を飲んで待っていたのだ。ところがダニールさんと一緒に登場した(トロントでは)ほとんど無名の浜中さんに、観客は目を奪われた。若手ナンバーワンのダニールさんを優しく抱擁するような、ベテランの余裕を見せつける踊りに満員の観客から割れるような拍手が送られた。