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リトアニア共和国はバルト海に面する「バルト三国」のひとつ。国土面積は日本の約6分の1、人口約330万人という小さな国だ。
多くの日本人がリトアニアと聞いて思い浮かべるのは「杉原千畝(すぎはら・ちうね)」の存在だろう。彼がこの国の旧首都、カウナスで日本国の外交官として6000人のユダヤ人を救う「命のビザ」を発給したのは、第二次世界大戦中、ナチスドイツとソビエト連邦の駆け引きの波間にもまれてのことだった。
ヨーロッパと大国ロシア(ソ連)の狭間にあって、リトアニアは数々の戦争に巻き込まれた。13世紀に成立したリトアニア大公国は東ヨーロッパの大国として君臨していたが、1795年にロシア領の一部となって以来、1991年の独立回復まで実に200年近くを他国の支配下で過ごしてきたのだ。
長い間、独立を熱望していたリトアニアは、ソ連ペレストロイカに勢いづいて1991年に独立を回復。リトアニア共和国を含むバルト三国の独立はソ連崩壊に弾みをつける象徴的な出来事として歴史に刻まれることになったのだ。
こうした歴史は当然、芸術文化にも大きな影響を与えてきた。決して大きな国ではないリトアニアだが、文学、音楽などの分野で重要な人物を多く輩出していることが、文化レベルの高さを物語っているだろう。
舞台芸術に関しては、リトアニア人特有の文化にあわせ、音楽やクラシックバレエ界の重要な存在であるロシアの影響を強く受けて発展してきた。
首都ビリニュスにある「リトアニア国立オペラ・バレエ劇場」はその中心的存在。同劇場のオペラ、バレエは多くの国民に親しまれ、観光客が必ず立ち寄る場所のひとつにもなっている。
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