公演の二日前に、リハーサル会場となったトロントの北郊、ソーンヒルのバレエスクールに浜中さんを訪ねた。到着すると、とても小柄な女性が私たちに背を向けて、外国語で電話をかけているが、それが浜中さんだと気付くまでに、しばらく時間がかかった。後で尋ねると、その電話はすべてリトアニア語での会話だったそうだ。日本で生まれ育った人だとは、にわかには信じ難い思いだった。

「リトアニアには10年ほど住んでいますから…」

照れたようにそう話す浜中さんだが、10年であのレベルの会話ができるようになるには相当の努力を要しただろう。

さらに、今回のパートナー、ダニールさんはロシア出身、ガラ公演の芸術監督であるナディア・テンサーさんもロシア出身とのことで、リハーサル中はロシア語が飛び交っていた。

「ロシア語も話しますが、どちらかというとリトアニア語の方が得意です」とのことだ。

脱帽。

語学力に驚愕(きょうがく)している場合ではない。彼女の本業はバレエダンサー。しかも舞台芸術においてレベルの高い東ヨーロッパのバレエ団で主役を張るレベルであるのは並大抵の努力では得られないことだろう。

本人はいたって謙虚だ。

「私が海外公演に呼ばれる機会はほとんどないので、今回の招待は本当に光栄だと思っています。できればもっと世界中を舞台に踊ってみたいですね…。

外国に来ると、自分が日本代表のような気持ちでもあるし、リトアニアを代表している気持ちもあるし、半分半分です。不思議ですね。普段は仕事でもプライベートでも、自分が日本人であることを意識することはあまりないです」

そんな浜中さんが、日本人であることを意識せざるを得ない出来事があった。

「昨年、天皇皇后両陛下がリトアニアを訪問されたとき、大統領主催の午餐会に招待されました」

在留邦人約50名という小さな日本人コミュニティーを浜中さんが代表したのは、当然の成り行きだろう。

「天皇陛下と直接会話をするような感じではなく、会場に入るときに、一人ひとりの名前が読み上げられて会釈をしただけです。それだけでもとても感激しました」

この午餐会の席上、リトアニアのアダムクス大統領は浜中さんを「日本とリトアニアの懸け橋」と紹介している。